UZUiROクルー日記『実は、人生で1度も服を作ったことがなかったんですよ。』ブランドマネージャーOREOとは?2024.07.29
UZUiROブランドマネージャーのOREOです^^

「ブランドマネージャーのOREOって、どんな人なの?どういう仕事をしているの?」
ということで、OREOとは?UZUiRO創業の裏話から、普段どんなことをしているかについて幅広〜くお話します^^
『OREOってどんな人?』

・本名:青木 愛
・1989年10月20日生まれ
・愛知県豊橋市出身
・愛知教育大学教育学部初等理科卒
・小学校、中学校教師として働いたのち、学校教育の生徒指導方針に疑問を抱き退職
・第一子(後のだるま店長)出産後西尾市へ移住し、UZUiROブランドマネージャーとして始動。
・第二子(きりん副店長)、第三子(きなこ見習い)を出産。現在、四人目の妊娠中。
日々、デザインとスタッフみんなの統括・子育てに奮闘🎵
◆ 趣味・特技:ダンス・お絵かき・カラオケ・居酒屋めぐり
◆ 好きな食べ物:一色うなぎ・いちご・チャンジャ・梅酒・レモンサワー

『実は、人生で1度も服を作ったことがなかったんですよ。』
経歴に書いてある通り、実は元々小・中学校の先生をしていました。
しかも、家庭科ではなく理科。

父母が大学と高校の生物学の教師だったこともあり、理科が大好き!生き物大好き!虫とり大好き!
ジャージを着て、子ども達と毎日運動場を駆け回り、給食をもりもりおかわりする日々でした。(笑)
ミシンは、小学校で習った程度で、丈詰めや好きなシルエットにカスタムするべく、自己流でド適当にやる程度。
「襟ぐりのバイアスって何?」
「布帛(ふはく)とニットの違い?」
「身頃?裄丈?アームホール?」
基本的な縫製におけるワードすら全く知らない、縫製の”ほ”の字もわからないようなレベルだったんですよね^^;
『きっかけは、第一子の妊娠』

ストリートダンスやお酒を飲むのが大好きだったOREOですが、大きな変化が。
長男だるまくんの妊娠で、それまで自分の好きだったことが思い通りにできなくなりました。
思うように動けなかったことから思いついたのは、
「家にあるいらない服をミシンでリメイクして、子どもの為に色々作ってみよう🎵」でした。

ネットで調べ、見よう見まねでベビー帽子やらスタイやら、関係ない手帳カバーやクッションカバーなどなどいろんな物を作りました。
これが、今のUZUiROの始まりになったんです。
実は当時、あっちは前職の製造業の営業が肌に合わず、体調を崩して休職中。
あっちの実家である西尾市に移り住むこととなり、OREOがリノベーションの夢があったこともあって、あっちのおばあちゃん家をDiyほぼ未経験な夫婦二人で改装。
ちょうど同じ時期、藍染・柿渋染め・草木染めをして服を手売りしている作家さんとの出会いから、
「これを二人で仕事にしよう!」と決意しました。
当時OREO26歳、教師人生から一転、出産を経て家のリノベーションに事業の立ち上げと、次々と目まぐるしく新しい変化が起こりました。
『素材探しで、地域に目を向ける』

夫婦でスタートしたものの、最初にぶち当たった壁は、「染める生地が手に入らない」
そうなんです、近くに布を売っている布屋さんがほとんどないんですよ^^;(笑)
染色を教えてくれた作家さんは、名古屋まで生地の仕入れに行っているとのことでしたが、生まれてまもない子どもを抱えて片道2時間弱かけて名古屋へ行って、生地を仕入れに….。
正直、全然現実的ではありませんでした。

どうすれば染められる生地をGETできるか…??
「近くの生地を作っている機屋さんへ突撃だ!」
とにかく調べて、電話をしてアポをとり突撃!!
アパレル生産の流れを全く知らないが故に、“商社さん”や“問屋さん”をすっ飛ばして、とにかく生産現場に足を運んでお願いするというスタイルでした。(笑)
そんな私たちのことを面白がってくれた近隣の機屋さんとは、今でもお取引をしていただいています🎵

初めて、機屋さんから端材の数mの生地を買わせていただき、最初に作ったのは赤ちゃんの”だっこ紐”のスリング。
あとは、あっちに頼まれて作った藍染の名刺入れ。
通称:藍ぞ名刺入れ(笑)

そう、UZUiROの創業時は服じゃなくて雑貨小物がメインだったんですね。
というのも、生地を探し出すようになり、近隣で生産されている綿100%のものの多くは、”衣類用”ではなく、車を作る為の資材関係や寝具に使われているものばかりだということを初めて知りました。
そして、冒頭でもお伝えした通り、OREOは服作りの知識が0だった為、雑貨小物しか作れませんでした。(笑)
すると、商品を手に取ったお客様からこんなお声が。
「この生地、すっごい肌触りが良くて素敵!!この生地をたっぷり使ったワンピースやスカートがあったらいいなあ。」
確かにその通り!!使っていた生地は、どれもこれも触り心地が良く良質な生地ばかりでした。

そして、ものづくりを始めてから、この地域で頑張っている機屋さんが身近にいてくれることに、気がつきました。
そんな魅力あふれる地域素材の良さを活かして、お客様の「こんなの欲しい!」を形にできたらな、そんな思いが芽生えました。
『ライフスタイルの変化に寄り添った服作り』
「地産生地の良さを活かして、服を作ろう!でも、どんな服が良いのかな?」
そんなことを考えていた時に、ふと思い出したのが出産の産前産後でした。

妊娠中は”つわり”や”様々な制限”、ただでさえ、体調を崩しやすくストレスが多くかかる上に、自分の意思に反してどんどん丸くなっていく体…。
それまで、タイトな服を好んで着ていたのが、ことごとくサイズが入らなくなり、好きな服が着られなくなってしまったことがすごく悲しかったんですよね。
産後しばらくして体型が戻ってから、産前に着ていた服を着たところ…ある異変に気づきました。
「あれ、なんか似合ってない?」
そう、産前に着ていた服を着ると、なんだか今の自分の顔や体と合わない感じの、とてつもない違和感に襲われました^^;
こんな話を友達にしたところ、
「すっっっごい、分かるよそれ!」と大盛り上がり。(笑)
「今まで着ていた服や色が急に似合わなくなって、びっくりしたよ!年齢のせいなのか、”お母さんになった自分”との今までの違いなのか、なんなんだろうね。」

当時、26歳だった私はその時気づいたんです。
『女性はライフスタイルの変化で、着る洋服がとても大きく左右されてしまうのでは?』
だったら、
『ライフスタイルの変化に寄り添える、今が最高に輝く服を作ろう!』

こうして、今のUZUiROの服作りのベースが誕生しました。( >> ABOUTを読む )
『0から服作りへの道のり』

とは言え、「服を作ったことがない」という根本的な大問題は、大きな壁となりました。
まずは、服の基本的な仕組みを勉強する為に、ひっくり返して縫い目を見たり、切り刻んで解体してパターンを作ってみたり。(笑)
それでも分からないことがたくさんで、図書館でパターンのついている本を借りたり、ネットで服を作る為の知識を入れたりと、とにかく染めて、とにかく作っての繰り返し。

パターンを引く為の紙を買うではなく、勿体無いからと裏紙や新聞紙をつなげたり、業者さんが破棄するポリエステルの布を型紙(ならぬ、型布)にしたり。(笑)
そんなことを繰り返しながら服作りと向き合う中で、次第に作れる服の種類が増え、業者様から染色のご依頼をいただいたり、縫製業者様と繋がったりする中で、一緒に働いてくれる仲間が増え、社内でパターンを引きデザインを考案し、服を生産する形が整っていきました。

『ブランドマネージャーとしての役割』

UZUiROは、愛知県西尾市一色町という海のほとりの小さな街にあります。
ウィンドウショッピングでふらっとお店に来ていただける、なんてことは当然ありません。(笑)

名古屋駅から電車で1時間の終点駅。
1時間に2本しか電車がなく、最寄駅へは車で10分。徒歩だと50分。
駅から出ているバスは、1時間に1本。
タクシー呼ぶにも40分。
正直、車がなければ辿り着くのはかなり難しいでしょう^^;(笑)
なので、メインはオンラインショップで、全国のお客様の元へ製作しお届けしています。

【ブランドマネージャーとしての業務内容】
・お客様への接客
・動画製作、コーデの提案
・オンライン上のプロモーション
・写真撮影、モデル
・商品ページのチェックや作成
・オンラインショップ上の画像作成
・チラシ作成
・自社工場商品の生産管理
・縫製業者さんやその他製造元さんへの発注や打ち合わせ
・配送、染色、縫製、デザイン業務のチェックと助っ人
(現場のスタッフさんが困っていないか、常に目を配る)
・BtoB(対企業様向け)の打ち合わせとスケジュール管理
・商品デザインの考案、上がってくる商品に対してのチェック

ブランドマネージャーとしてOREOが日々行なっていることは、ネットショップという直接顔が見えない状況で、どうすればお客様が少しでも安心してUZUiROの商品を手に取っていただけるかを、常に考えること。
お客様・生産現場・取引先の工場に迷惑がかからないよう、多方面へ気配りを行うことを大切にしています。
内容は、本当に多岐に渡りますが、そのバランスのどれかが崩れてしまうことで、UZUiROは成り立ちません。
常に、皆さんに支えていただいている意識をもって、前向きにお仕事に向き合っています♪

『周りのみんなの力を借りて、大きな渦を起こしたい』
個人事業主として開業した当初、私達は【渦〜uzu〜】という名前でブランドを立ち上げました。
「いろんな人の力が集まって、やがて大きな渦を巻き起こそう」
そんな願いを込めて名付けました。

2021年に法人化し、UZUiROへと改名しましたが、“みんなの力で大きな渦を巻き起こそう”というマインドは最初からずっと変わらないまま。
現在のUZUiROがあるのは、この地域の繊維業が盛んで、服作りに必要 な環境が整っていたからに他なりません。
しかし開業後、多くの繊維工場が閉鎖してしまいました。
かつて市内 に500軒以上あった織物工場は、現在20件以下 に激減しています。
廃業される多くの繊維業者さんの現状を目の当たりにし、UZUiROとして大きな目標を掲げました。

お客様に、服づくりの裏側をお伝えしているのは、少しでもこの地域の技術が残ってほしいからです。
毎日汗を流しながら、高い技術で生産してもらった素材を、どれだけ生かせるか。
そんな想いが、この地域で100年後も面白い服作りを継続できることだと信じ、微力ながらこの地域でたくさんの業者様と、スタッフのみんなとチーム一丸となって
毎日の服 作りに向き合っています。



